台東の歴史|台東区を対象にした台東区専門のポスティング

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台東の歴史

先史・原始時代

原始時代の台東区は、現在の上野、谷中の高台の一部を除いて殆どが海底や湿地帯であったと言われています。縄文時代に利根川や荒川が土砂を現在の隅田川に運び、川の両岸が次第に陸地化していったと言われています。人々がこの地に住むようになったのは弥生時代からで主な住居は上野辺りの高台であったと伝えられています。

奈良・平安時代

 東京で最も古い寺である浅草寺は、推古天皇36年(628年)に地元の漁師が隅田川で聖観音を拾い上げた事で始まったと言われています。現在の本尊がこの観音で、平公雅や源頼朝の寄進や祈願の記録も残ります。 後に飛鳥の都から浅草を訪れた勝海上人が観音堂を建立、本尊を秘仏としたといわれます。

江戸時代

 天正18年(1590年)秀吉から関八州を与えられ江戸に入府した徳川家康は、港湾都市建設に力を注ぎ、治水工事等、積極的に行います。大川(隅田川)は関東各地の産物を江戸に集荷するにとどまらず、人と文化の交流にも大いに寄与するようになります。また、芝の増上寺を菩提寺に、浅草寺を江戸城鎮護の祈願寺に定めます。二代将軍秀忠は浅草寺境内に東照宮をおき、三代将軍家光は天海僧正に命じて上野の台地上に寛永寺を創建し、後に徳川家の菩提寺としました。 寛永寺の門前町として発達した上野と、日本一の繁華街として長く賑わった浅草寺周辺を、中心として今日まで庶民の町を形成していきます。

明治時代

 明治維新の年、幕府方の彰義隊が上野の山に立てこもり新政府軍と戦いが勃発しますが、1日の抵抗で敗退してしまいます。寛永寺の堂塔はほとんどが焼失しますが、後この場所は日本最初の公園に指定され、数回の内国勧業博覧会を経て、美術館、博物館、動物園、音楽学校、美術学校などが次々と建設され現代に至るまで先進の文化発信基地の役割を果たすようになります。

台東区の成立

昭和22年(1947年)、浅草区と下谷区が合併し、台東区が成立しました。上野と浅草は合体し庶民的文化を益々発展させ魅力的な町へ移り変わります。上野、浅草のみならず、谷中、入谷、根岸、鳥越、浅草橋.蔵前など他の地域もそれぞれの歴史を経て様々な文化.風俗や気質を持ち、現在の台東区はいわば全地域が魅力あふれる観光地になったといえます。

(台東資料提供)
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